戦いの時


私は勇者、世界の平和を守る者だ。今、私は戦いの時を迎えている。
悪のドラゴンにさらわれた王女を救うため、幾多の試練を乗り越え、ドラゴンの住む火山までやって来た。
そして今まさにドラゴンとの死闘が始まろうとしている。
我が一族に伝わる勇者の剣と楯を構え、ドラゴンが口から放つ炎を掻い潜り、今こそ正義の一撃をお見舞いしてやろうという一瞬。
油断した。真横からその鋭い爪が迫っていたのに気づかなかったのだ。もう避けられない。無念だ・・・・・

 「命を賭けた戦いの前に居眠りとは随分、余裕だな。」

目を開けると、髭づらで恰幅のいい男がピストルを持って立っていた。
俺はカウボーイ。荒野を流離う自由人だ。今、俺は戦いの時を迎えている。偶然立ち寄った酒場で喧嘩をふっかけられた。
面倒事は嫌いだが、「その腰に提げているのは玩具か?ボーイ?」なんて言いやがる。
ここまで言われて受けねば男が廃るというモノだ。そして今まさに男との死闘が始まろうとしている。
親父から譲り受けたピストルに弾を込めるとホルスターにしまいなおした。一対一の早撃ち勝負だ。
向こうも相当な手だれだろうが、こちらもそれなりに場数は踏んでいるつもりだ。
相手の油断する隙を見逃さないよう、全神経を集中させる。その時、風が吹いた。
風にのり一枚の新聞紙が飛んできて俺の顔に被さる。油断した。
視界を奪われた一瞬をつき、男のピストルが火を噴く。避けられるわけなどない。無念だ・・・・・

 「どちらが甲子園にいけるかというゲームの途中で、ぐーすか寝てんなよ。」

目を開けると、少し離れた場所にバットを構え、鋭い目つきでこっちを睨んでいる少年がいた。
オイラは龍谷高校三年、野球部ピッチャー。甲子園優勝を目指す球児だ。
今、オイラは戦いの時を迎えている。九回裏、二死満塁。一打出れば逆転されてしまうこの状況に球場は静まり返っていた。
「どうしたピッチャー!びびってんのか?投げてみろよ!お前が甲子園用に開発したっていう魔球をよ!」
な、なぜあいつがそのことを知っているんだ!しかし、そんなことはいい。確かにあの魔球を出せば勝てる。
でもあれは甲子園で勝ち抜くために完成させた必殺技なのだ。ここで見せるわけには。
「馬鹿野郎!」バッターのさらに少し後ろから罵声が飛んできた。うちのチームのキャッチャー、俺の親友だ。
「これに勝たなきゃ甲子園にはいけないんだぞ!目の前の勝負に全力を尽くす!スポーツマンとして当然の心構えをお前は忘れたのか!」
オイラははっとした。そうだ、オイラはなんて馬鹿だったんだ。今、己が持つ力を最大限に発揮すること。
これは相手への礼儀であり、勝利への鉄則である。こんな当たり前のことを忘れていたなんて。ありがとう親友、目が覚めたぜ。
予定より早いが、見せてやる。オイラの魔球をな!
油断した。精神的に異常に興奮していたため、手に汗をかいていたのだ。
コントロールが狂いボールはバッターの顔面に。避けられないだろう。押し出しで逆転。無念だ・・・・・

「真剣勝負の場において居眠りとは見上げた度胸だな。」

目を開けると、着流しを着た切れ長の目の男が刀を構えて立っていた。
拙者は武士の子。父は立派な侍でござった。今、拙者は戦いの時を迎えている。
あれは五年前、父上と拙者が祭りの帰りでのこと。
りんご飴を父上に買っていただき、嬉しさのあまり道を駆けていると、前から来た男にぶつかってしまったのでござる。
すぐに謝り申したが、その男は拙者を手打ちにしようと刀を抜き、振り下ろそうという刹那、父上は拙者をかばい、その体でもって一閃を受けたのでござる。
あれから五年、拙者は血眼で父上のカタキを探し、ついに見つけた。
そして今まさにカタキとの死闘が始まろうとしている。
父上の形見として、家の大黒柱がいなくなった後も質に入れず、どうかこれで憎きカタキをと母上よりたくされた刀でもって、いざ尋常に勝負!
くぅーん、というこの場にそぐわぬ声がした。
足元を見ると、子犬が拙者にじゃれついておった。そなたに構っている場合ではないのだ、向こうに行っておくれ。
奴がその隙を逃すはずもなかった。油断した。子犬を見たその一瞬においてその間を詰め、拙者の額に向けて、父上の血も吸い込んでいるだろう刀を振り下ろした。侍たるもの死期を悟りながらおめおめ逃げ出すなどできぬ。無念だ・・・・・

 「こんな時にお昼寝かい?まったく感心するぜ!」

目を開けると、スクリーンがあり、妙な服に身を包んだ男が映っていた。
自分は秘密機動隊の隊員。
秘密機動隊とは最先端技術によって作られた超高性能戦闘用ロボットに搭乗し、治安維持のために戦闘を行う組織なのだ。
今、自分は戦いの時を迎えている。「さぁ、奴さんたち来やがったぞ?こっちはエネルギー切れだ、よろしく頼むぜ。」
肉眼ではまだ捉えられないが、レーダーでは数機の戦闘用ロボットがこちらに高速で接近している。
接触までもうあと僅かだろう。自分ひとりで勝てるかどうか。はっきり言って自信などない。しかし戦わなければならない。
それが自分の運命なのだ。「おいおい!辛気臭い顔しやがって!また運命だのなんだのって考えてるんじゃないだろうな?」
さすが士官学校からの付き合いだ、表情だけで内心がわかるらしい。
「よーし、お前を和ませるために、とっておきのジョークを言ってやろう。」
「結構だ、お前のジョークよりも美人の学校の先生が投げてくれるチョークのほうが嬉しいね。」
士官学校からの友人は。ひゅ〜と口笛を吹いた。
「この状況でそれだけジョークが言えれば上等だ。がんばってみてくれ。」
「いやいや、これはジョークじゃあなく・・・。」

「そんなにチョークが欲しいの?」

目を開けると向こうに美人な女性がチョークを持って立っていた。
女性がチョークを投げると、避けられず、僕の額に見事命中し、周りから笑い声が起こった。
「まったく、寝ているだけじゃなく、大きな寝言まで言って。」女性は怒っていた。
僕は小学校の生徒・・・説明してる時間はないや、テスト時間が終わっちゃう。
あっ、でも残り五分か。駄目だ、駄目だ。やっぱり諦めよう、無念だ・・・・・

目を開けると、やっぱり白紙の答案用紙が机の上に置かれていた。

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