観察日記


 八月一日 雑木林の中で見つける。そっと近づいてニンニクの臭いを嗅がせると大人しくなった。
        その隙に捕まえると虫かごに入れる。普通の虫かごでは牙で食いちぎられてしまうため、
        鉄製の頑丈なやつだ。
        家に帰るとガラス製ケースに移し変える。これも二枚張りで間に特殊ジェルの入った特別製。
        下に土を敷き詰め、木の枝を二本ほど入れておく。
        早速、観察を始める。頭の角が二股なのでオスのようだ。ちなみにメスの角は八股ある。
        雑食らしいが、液体を好んで食すようだ。醤油を与えてみる。
        気に入ったようで、肩の部分から伸ばしたストローのような物で吸っている。
        よほど腹が減っていたとみえて、醤油入れを六つも空けてしまった。初日から飲みすぎだろう。

 八月二日 驚きだ。真っ赤だった体が真っ黒になっている。
        図鑑で調べてみると、食べた物の色に体が変色する性質を持っているらしい。
        面白いので、今度はオレンジジュースを飲ませてみる。これも気に入ったようだ。
        そして買っておいた玩具で遊ばせてみる。非常に小さなレゴブロックだ。
        興味津々と言った様子でしばらく眺めていたが、突如、前足と中足と後ろ足を使って
        器用に何かを作りだした。ものの五分ほどで完成したのは「レゴベルサイユ宮殿」だ。
        これは写真に撮っておくべきだろうとカメラを取りに行こうと思った矢先、
        前足でベルサイユを投げ飛ばし、壊してしまった。
        バロック建築の特色を巧く表現できなかったのだろうか。

 八月三日 朝一番で様子を見に行く。はたして体は鮮やかなオレンジに色に変わっていた。
        着色料使用のモノを与えたのでいい色をしている。
        さて、こいつは三日に一度は散歩に連れて行かなくてはいけない。
        閉じこもらせてばかりだとストレスが溜まってしまい、大変なことになるそうだ。
        ケースの蓋を開けると、待っていましたとばかりに腹からプロペラのようなものを出し、
        回転させて飛んで出てきた。そこを捕まえて、尻尾に紐をくくりつける。
        尻尾には麻酔効果の毒があるので注意が必要だ、ゴム手袋をつけて行わなければならない。
        自宅近くの公園にやってきた、紐を解いて自由にしてやる。
        プロペラを高速回転させ辺りを飛びまわり出した、気持よさそうだ。
        と、木にとまっているメスを見つけると隣にとまって「めっさーめっさー」と鳴き出した。
        求愛の歌である。しかしメスの方は気に留める様子はない。それもそのはずだ、
        やがてツガイと思しきオスがやってきた。うちのより一回りほど大きい。
        勝てるはずもないと思ったのか、私のほうに戻ってきた。

 八月四日 今日は綺麗な緑色をしている。図鑑によると炭酸を与えても平気らしいので、昨日の晩に
        メロンソーダを飲ませたのだ。あまり気に入った様子でなく嫌々飲んでいたが。
        今は朝食に与えたコーヒーを飲みながら、レゴブロックで遊んでいる。何やら深く考えて
        いるようだ。固唾を呑んで見守っていると、急に何かを作り出した。
        たっぷり二十分ほどで完成したのは「レゴ大阪城」だ。威風堂々素晴らしい出来である。
        満足したのか頭をうんうんと振って頷いているようだ。
        今度こそカメラに収めようと取りに行こうとすると、またもや放り投げて壊してしまった。
        もったいない。それとも「形あるものいずれ壊れる」の精神なのだろうか。

 八月五日 気持ち悪い。昨夜、うっかりスポーツ飲料を与えてしまったのだ。体が透き通っている。
        いや、若干濁ってはいるのだが、中身が薄っすらと見えてしまっている。失敗だ。
        今後は気をつけよう。水をやってしまった日には正視できない。
        今日は新しい玩具を買ってきた、等身大のそっくりゴム人形だ。遠目に見ればどちらが本物か
        わからない。ケースに入れて反応を観察してみよう。
        ・・・・・まったく無反応。まぁこれは予想通りだ。
        今度はメスの人形を入れてみる。
        「めっさーめっさー」という鳴き声が家中にこだまし、家族に怒られた。

 八月六日 今日はそっぽを向いている。昨日の一件で怒っているようだ。
        機嫌を直して貰おうとポン酢をたくさん与えたが、飲んでくれない。
        しまいには「レゴ人間」を作り、それを作っては放り投げ作っては放り投げを繰り返している。
        恐くなって、今日の観察はすぐに切り上げてしまった。

 八月七日 まずいことになった。昨日は観察を途中でやめてしまったせいで忘れていた。
        三日に一度は散歩に連れて行かなければならないのに、三日間ケースに閉じ込めっぱなしだ。
        一度忘れたくらいなら・・・と思ったが、今は機嫌が悪いのだ。どうしているだろうか・・・。
        ケースを覗き込むが姿が見えない、多分、枝の影か土の中に隠れているのだろう。
        見つけてみようと蓋を開けると枝の影から何かが飛び出してきた。それは天井にぶつかり落下。
        よく見れば一昨日、ケースに入れておいたそっくりゴム人形。一瞬、それに気を取られた。
        首に激痛が走る。本物が私の首の近くを飛んでいた。牙で脈を完全に断ち切られたらしい。
        血があふれ出ている。
        抵抗しようとするが体が動かない、尻尾から抽出された毒が傷口から入ってきているのだ。
        意識が遠のいていくその時、肩から例のストローを出しているのが見えた。
        なるほど、だから初めは赤かったのか。
      
その後、私は奇跡的に一命を取り留めた。
しかし、なんと恐ろしく不思議な生物なのだろうか。
今後も引き続き、観察の必要がある。

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